でれでれ草 DereDre Gusa

でれでれなるまゝに、 日ぐらしPCに向かひて、 心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書き付くれば、 あやしうこそ物狂ほしけれ。 ああ@でれでれ

全員別人!すり替わった影武者!

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美智子様@なにもかも嘘ばかりという真実

※拙ブログは、転載フリー、リンクフリーです。拡散希望です。元々の画像の著作権は、お察しくだされ。

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 さて、マスコミによって、神話と化していた美智子さま

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でも、神話は嘘だったという現実のお話。

 

嘘「美智子様は日本で一番素晴らしい女性」

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制服の第一ボタンをはずし、ガンをとばす美智子様

ttp://www.yuko2ch.net/mako/makok/makok.htm

さらには、耳にはピアスが!!

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この年代の名門子女どころか、一般日本人女性でも耳に穴が開いている方は、珍しかったはず。

さらに幼少時から、耳にピアスをしている写真が多く残ります。あの時代、耳に穴をあけさせるのは、名門子女でも中国人ならありえたそうです。

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 第一ボタンをはずして、メンチを切ってガンをとばす美智子様

耳には球形のピアス。この次代の女学生がピアス。この当時としては異様ですね。テニスでの、口癖は「やばい」。

皇太子と結婚した後、新聞記者が、美智子様が、タバコの火をつけてくれた、と回想しているとこみると、本人が喫煙していたか、大人の男性の接待していた可能性が大木ですね。

ことばの乱れに、服装の乱れに、性のみだれ。

それを、世間ではヤンキーといいます。

 

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… 無題 Name 名無し 15/10/15(木)20:22 id:feDM8vdk No.1435572
御徒町が恋しい。」
...御成婚の後、皇居の《籠の鳥》となられた、お可哀想な
美智子妃殿下が そう、おっしゃったそうな...。
アメ横」に、自由の身であった頃は通っていたそうな。

アメ横」→戦前は「しょうべん横町」と呼ばれた。
戦後は、闇市の場となり
愚連隊の温床となった。
その中の最大の集団「血桜団」は、朝鮮人連盟と結託して、
賭博、かっぱらい、恐喝、女衒、街娼のショバ代を
稼ぎの源とした。

...今尚、中国人.韓国人であふれ、風俗の多い場所です。

(ここまで)

 

雅子様大好きさまより転載です。

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http://masakosamalove.blog.fc2.com/blog-entry-330.html

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1951年 日付は不明 従姉とテニスコートで16才の美智子様


美智子様すてき☆健康的☆
世間はマダマダ配給制で食糧難だったんだけどね☆

正田さんチはイロイロいっぱいあったんだろうね☆

だからひたすら
「少女の頃の疎開の思い出が…つらかったのつらかったの…」
って言い続けるの♡

だって言えないじゃん、
まさか、フツーの国民が飢餓状態にあるのに
正田サンちは軽井沢でテニスコートして子供たちは健康優良児でしたアーなんて。

(ここまで)

 

 

嘘「美智子さまは、才色兼備で傷のない選び抜かれた令嬢だった」

 

15歳の頃から、親の公認の元、竹山パーティーなる婚活パーティーでダンスを踊ってた「名門女学生」。それが正田美智子嬢。

 

BBさまのコメント欄にて、駅でたまたま会った従兄弟と話をしていただけで、異性と親しくしていると密告されて校長室に呼び出されて叱責をうけ、誤解はとけたものの、「お兄様とあるくときも、距離を取って歩くように」と指導された、そういう時代でした。一般人であっても、15歳の娘をアルコールの絡む大人のパーティーに行かせるのは考えられなかったはず。当時の名門女子高の風潮を考えると異常です。

 

聖心女学院で首席で卒業となってはいるけど、BとCがたくさんある成績表。皇太子妃にねじ込むため、箔付けの為に、作為的に首席になったらしい。

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首席にしては、寂しい成績。

Aが46
Bが26
Cが4

http://blog.livedoor.jp/royalfamily_picture/archives/cat_802250.html?p=8

 

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年頃になると、縁談を意識して清楚な振りをし始めた美智子様

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もう、ガンをとばしてメンチを着ることはしません。

でも、何度お見合いしても、お断りされたのが美智子様

 

第三十一回 

国会参議院 内閣委員会
昭和三十四年二月六日(金曜日)午前十時十九分開議
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/031/0388/03102060388005.pdf
<15/22>ページ


菊池委員
まず第一にお伺いしたいのは、この婚約の前に、美智子嬢は二十五人の見合いをしておられた。そして最後に波多野という青年と婚約、これを破棄して皇太子の方に振りかえたというようなことが 流布されております。

週刊雑誌に出ておりますが、これは事実でありましょうかどうか。

宇佐美説明員 
非常にご立派な方で、従前にもいろいろ結婚のお申込みがあったように伺いますけれども 、お尋ねのようなことは全く聞いたこともございません。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/031/0388/03102060388005.pdf

(ここまで)

 

三島由紀夫ともお見合いしたけど、ご縁談は成立せず。

三島「つまらん女」

三島の母「母親がだめすぎ」 

 

 

嘘「正田家は名門、副島家も名門」

日清製粉遺伝子組み換え小麦の輸入にかかわる、ある意味公害企業。

さらに、正田家は実は「新平民」であるというリークも。母方・副島家も佐賀の名門副島家とは無関係である可能性が大。

 

 

※転載させていただいてます

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日清製粉

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/5c63283c17c5264c4a373df1e9eccd11

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 ■株式会社日清製粉グループ

 株式会社日清製粉グループ本社(にっしんせいふんグループほんしゃ、Nisshin Seifun Group Inc.)は、日清製粉グループの持株会社である。

 

日清製粉グループに千葉共同サイロという会社が有ります。

  

■その会社サイトに行くと、主要取引先にカーギルジャパンという会社が入っています。

 

http://www.kyodosilo.co.jp/outline.html  

カーギル (英語:Cargill) は、アメリカ合衆国ミネソタ州ミネアポリス市近傍のミネトンカに本社を置く穀物メジャーの1つである。穀物のみならず精肉・製塩など食品全般及び金融商品や工業品にビジネスの範囲を広げている。

 

カーギル社の企業形態は、株式の全部をカーギル家とマクミラン家の関係者が所有する同族企業であり、非上場企業としては世界最大の売上高を誇る。秘密主義であり、情報の公開を義務付けられる公開会社としていない。

 

20世紀に資産が6000倍になる成長をしている。

 

Wikipediaより)

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このカーギルモンサントと組んで遺伝子組み換えでF1種を世界にばらまいていることも有名です。

 

 ■モンサント (企業)

モンサント社 (Monsanto Company,NYSE:MON) は、アメリカのミズーリ州 クレーブクール(Creve Coeur, Missouri)[3]に本社を持つ多国籍バイオ化学メーカー。

2005年の売上高は62億ドル、2008年の売上高は110億ドル、遺伝子組み換え作物の種の世界シェアは90%。研究費などでロックフェラー財団の援助を受けている。

カーギル - モンサントと組み、遺伝子組み換え作物の販売拡大を行っている。

 

日清製粉をはじめとする日本企業、大手商社はモンサントカーギルと組み、日本の食物を握っている。

美智子さまのご実家は、GHQアメリカとアメリカと結託、日本最大手の
粉屋となり、遺伝子組み換え、農薬漬け小麦粉で日本人の健康を害し続けています。

 

 

正田家のルーツ

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■下記の部落問題・人権事典ー群馬県のサイトによると、正田家の祖先が仕えた新田家のあった場所は部落であったとあります。

 

※転載させていただきます

http://www.blhrri.org/jiten/index.php?%A1%F6%B7%B2%C7%CF%B8%A9 

上原善広というノンフィクション記者が「実話ナックルズ」という雑誌で下記のように指摘したように、部落出身である可能性は高いと思います。

 雑誌『実話ナックルズ』にて『JDT 日本の路地を歩く』という連載を執筆しており、2004年7月号に発表した「群馬県T部落」で群馬県の未指定地区を取り上げ、

「ここから女性が一人、皇族に嫁いでいる」

「ここは女性が皇族へ嫁いだため、行政から同和地区指定されなかった。 指定を受けると部落とわかってしまうからである」

「皇族は過去の身分上、最高位にいる。その彼らが過去の身分上最底辺の部落民と結婚するなどということは、身分社会の崩壊を意味している」

と書いた。 

Wikipediaより)

 

 

副島家のルーツ

さらに、母の富美の母親が不明。養女では?という推測も。

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※お借りしてます

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【重要事実発覚】自称皇后堤美智子の母、正田富美の戸籍ロンダリング、無限拡散希望 - 伏見顕正(あきまさ)の「時を斬るブログ」 

投稿するべきかどうか悩みましたが、私は佐賀出身です。美智子妃殿下のお母さんの副島さんは本当の武士の副島さんではありません。
ご成婚が決まった時、副島さんのお宅に来られ、戸籍を買いたいと言われたそうです。
副島さんは断られました。どこの馬の骨とも知らぬ副島さんが武士を名乗るとは。
ましてや多久は炭鉱の町。非常に部落出身者が多く、副島さんの生家も誰も多久の人たちは知りません。
武家の家ならば、高齢の人ならば知っているはず。いろいろな噂がありますが、佐賀の人は知っていますよ。
美智子さんの従妹たちも当時はたくさんいらっしゃったし、成婚が決まり皆東京に行ってしまったけど、話は聞いています。

(以上)

 

 

※BB様より、詳細はこちらから

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http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/7a600bbceb460d5584caf68186d920e0

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「副島という姓は肥前一帯に多く、副島種臣の佐賀副島家とは、十数代さかのぼればつながるらしいが、直接の血縁とはいえないも、下級武士としてはさまざまな事業に携わっていた。

現在、多久市郷土資料館に収蔵されている副島家関係文書には、醤油仕込み帳や醤油営業人心得、醤油製造製控簿などの多数の醤油製造、取引関係の文書が含まれているし、同文書内の副島哲吾 網雄の父 の日記や書簡にお、醤油取引の記述が目立った。

(ここまで) 

 

 

 

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コメント欄より

Hiromiさま  醤油についてのコメントアップ、ありがとうございました。失礼ながらブログ主様のご誠意と受け取らせて頂きました。

 

さて、お尋ねの「いつから醤油製造業をしているか?」ですが、大正時代中期からです。正確な年数はご勘弁下さい(HPもありますので)。

ひなぎく様 (醤油製造について)私が書ききれずにいたことを書いて下さっていて、ありがとうございます。

以下は、しつこいようですが「醤油」について、述べさせて下さい。

醤油と味噌の食文化は日本の基本だと思っています。これをあたら毀損することは皇室の毀損と同じく国体の弱体に直結する、と長年思っております。 私は大豆を蒸す香りが町中に漂う環境で育ちました。同郷者は誰もが「あの香りが子供時代の懐かしい思い出」と言います。また、製造に関わる人の装いは、確かに上っ張りも汚れたりはしますが(今は布製ではないので目立たないですが)、昔でも忌避されるほどの穢れは感じなかったのではないかと思います。

普通の日本人ならば。味噌と醤油は日本人の食生活の基本であり、馴染みのあるものですから。そもそも動物系の内臓の匂いと、醤油の匂いは全く違いますしね。確かに昔は重労働でしたし、快適とは言い難い部署にいる方もあったでしょうが「部落民の仕事と間違われるから忌避された」説にはやはり疑問を持ちます。

 普通の日本人の感覚として、単に着ているものが汚れるのを嫌う、のと「穢れを嫌う」のとは似て否なるものかと思います。勿論聞いたこともございませんでした。 ご存じかとは思いますが醤油も味噌も酒も発酵させるには大きな樽が必要です。商売として成立し得るだけの量を生産するにはそれだけの場所(蔵や麹室=近代なら工場)を始め相当のモノ・カネ・人が必要で生半の資産では経営出来ません。

だから醸造業を営むのは昔から素封家が多く、それが一種の信用になっていた、と言う背景があるのは確かだと思います。

 

また***様も触れておいでの「部落民、居住地」についてですが、地方における「部落」への区別は冷然とあります。田舎であればあるほど、それが「密かに伝わる」ものです。なのでそれと知れていて雇用する、と言うのは現代はともかく昔はちょっと考えにくいのではないかと思います。

但しS醤油や、動物系の原料を使う製造者がどうだったのか?は存じません。

元々が上記したような「昔の普通の日本」とは違うものから出発していれば、何でもアリになっても不思議ではないですね。 ちなみに全うなモノづくりをしないメーカーがあるのも事実です。特に戦後のモノ不足の中で生まれて来たのが、すみれ様がご提示くださった発酵させない醤油です。人毛があるのは事実です(一昔前は中国人の娘の髪を集める専門業者がいたようです)超安値スーパーで販売していると聞きます。

 問題のS田醤油もメーカーとしてどうなのか?は直接は存じません。ですがお弁当についている醤油を舐めると分かります。私はS醤油の不味さが不思議でした。日本の根源に最も近いところにいる方のゆかりのものとは思えないです。 まとまりのない長文、失礼しました。

(ここまで)

 

動物の内臓などを使った製造方法を取る場合や時代によっては、醤油製造に携わる方は部落の方が多かったと聞きますが、父方正田家、母方副島家に共通しているのが気になります。

母方・副島家は、佐賀藩士の副島家とは何の関係もないようですが、もしかしたら、富美の家系は副島家に使われていた方で、その子孫が勝手に名乗ったのかもしれませんね。

 

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http://blog.goo.ne.jp/duque21/e/994840aae9ec36f2d6f94afa2b28d10b

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モモンガ@慶応出身様

ボロが出まくりですね。
はじめまして。いつも拝見させていただいてます。

私の祖父母と両親は、昔から正田美智子を心底軽蔑しています。もちろん、私もです。(此の方と小和田雅子においては、はなっから皇族とは思っていません)

子供の頃より、正田家と正田美智子の事は聞かされていました。また、私は麻布出身でその界隈で「タブー」として語られていたことが、インターネットの時代になり真実が表に出て大変嬉しい限りです。

祖母・母・姉が学習院、また友人にも学習院出身が多く、美智子が部落出身であること、整形をしていること、托卵、、、、

 

私たち仲間はインターネットが普及する前から知っていた事実です。

今は秋篠宮様御一家の弥栄を祈るほかありません。

(ここまで)

 

 

母・上海夫人・富美

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美智子様の母・富美は上海夫人、または大陸夫人とよばれてたそうです。

それは、日本語の流ちょうなアジア女性という意味だそうで、おもに朝鮮女性、という意味で多く使われたそうです。

ちなみに、母の富美が育った当時の上海とは、、、、

 

ショール・アイゼンベルグ - 浮世風呂

世界が第二次世界大戦に突入した後、アイゼンベルグはオランダを出て中国の上海に移ろうとした。一体全体、どういうわけでアイゼンベルグのような人間が、上海のような場所で骨を埋めようなどと考えたのか。当時の上海は陰謀が渦巻く世界、堕落、生き馬の目を抜く激烈なビジネスといったことが同時に起こる所として、その評判は凄じいものだった。

 上海に行こうとしたことは、アイゼンベルグのミステリーの中でも極めて興味深く、かつ陰謀の臭いのするところである。というのは、上海は、日本、ソ連、イギリス、ドイツ、アメリカをはじめ、すべての国の対中諜報活動の拠点が置かれた街であったからである。この街はまた、ロシア人とユダヤ人亡命者の世界最大の共同体が存在した場所でもあった。

 上海は、当時の主だった情報機関のために働いていた工作員や情報提供者、スパイたちの巣窟だった。そして亡命ユダヤ人の多くは、コミンテルンやGRUの情報組織のメンバーだった。イギリス人のために活動した者もいたし、日本人のために働くようになった者も一部いた。

(ここまで)

詳細はこちら

http://blog.goo.ne.jp/yamanooyaji0220/e/d6070925e98eb89842b44bd0585801ac

 

 

 

正田富美、別名を「上海夫人」

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耳たぶのない耳、上下同じ厚さの唇。朝鮮人に多い特長だそうな。もちろん、耳たぶの豊かな方もいますけどね。その後の、美智子様達の朝鮮への思慕、趣味や行動が朝鮮に帰一するところを見ると、朝鮮系だった可能性が高いですね。

 

そして、長身。

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日本男性の平均身長が160センチ無かった時代に、この方は、175センチはあります。

美智子様を除く、正田家の子供たちは皆長身です。

英国人と混血すると長身になるそうです。

富美の皮膚の白さ、長身からみて、上海租界の英国人と朝鮮系女性との間にうまれた混血児である可能性があります。

  

 

 

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【モサド(ダヤン)②】正田富美のもう一つの顔、ロックフェラーの代理人、転載フリー - 伏見顕正(あきまさ)の「時を斬るブログ」

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そして、その暗闇のハカセは、あの泣く子も黙るヘンリー・キッシンジャー博士。彼とは、東京・イスラエル大使館の大使執務室で接触しました。

眼付が異様に鋭いボディーガード付き。恐らく、この男はモサドヒットマン出身でしょ。もっとも、ウズィー・マシンガンを左肩にぶら提げていましたから。

博士の身長は思ったよりも高くなく、170センチぐらい。それより、横幅がデカイ割には動作が敏捷。そんな印象でした。

その当時から「世界の影の支配者構造(メカニズム)」に興味があったので、キッシンジャー博士にこう質問しました。

 

『世界の影の支配者は誰と認識していますか?』

この時、テーブルの下で右足を会社代表から蹴られたことは懐かしい思い出。

極端に怪訝そうな顔つきに豹変したハカセは、きついドイツ語訛りの英語でこう語ってくれました。

『食糧供給を支配する者は国家を。エネルギーを支配する者は大陸を。金融を支配できる者は全世界を支配することができる』と。それで、

『それを成就するまで何世代ぐらい必要ですか?』

と畳み掛けて訊くと、こんな回答。

「私のボス(恐らく、ロックフェラー家)でも二世代以上の時間が掛かっている。

だから、先代(ジョン・D・ロックフェラー)もシティー・バンクの成功は見られなかった」と。

 

私の結論(仮説を積み上げた結果)は、正田冨美が中国大陸に生息していたと推測できる10代後半の頃。客として寝たのか愛人として寝たのか判りませんが、確実にその中国大陸で「ロックフェラー家」の代理人に接触していたハズです。

 

だから、粉屋(食糧供給)の冴えない男(正田英三郎)と結婚し、出産した本当の娘をガス屋(安西一族)(エネルギー)に嫁がせた。

そして、代理人から教わったその権力支配構造(メカニズム)のノウハウをそのまま手を加えず履行した。

でも、金融(世界支配)達成には能力も運も体力もなく、届かなかった。そんな感じです。

 

(ここまで)

 

 

・長男を日銀に(金融)

・長女を皇室に(権威)

・次女をガス会社に(エネルギー)

・次男は粉屋の跡取りに(食料) 

でも、正田家は、ロックフェラーにもロスチャイルドにもなれませんでしたね。

 

 

 

堤康次郎

そして、美智子さまの実父が、正田英三郎ではなく、実は堤康次郎であるという噂が絶えません。

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コメント欄より 追記12/23

初めてコメントさせていただきます。

堤康次郎の下りを読み思わず「あっ」と、声が出てしまいました。

私の実家は西武の地元に代々住む家で、祖父や父、親戚の叔父達から堤がどのような手段であの辺りの土地を手に入れて成り上がったかを聞いて育ちました。

御多分に洩れず部落です。

昔から西武グループはそちらの人達が多く働いています。それより何より堤清二と美智子さんが似ていると、確かにそのように見えますが、他にもよく似た人物を思い出しました。

記事中にあるように、康次郎が女色に耽ったのは事実で地元の芸者に産ませた子供を見知っています。この人物が見事に美智子さんに似ています。

垂れ下がった康次郎譲りの鼻、腫れぼったい瞼に眉と目の間が広くあいている所も。何かパズルのピースが嵌っていくようで、少し身震いいたしました。

(以上)

 

 

堤家のルーツ

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※お借りしてます

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http://blog.goo.ne.jp/duque21/e/47d9f1deb9151b8f6efeb299aebe217b

★驚いていることは、今、堤家の本を資料として、数冊読み込んでいますが、堤義明が、「堤王国」が崩壊する過程で、
ある「事件屋(総会屋と暴力団の中間的存在)」から、「質問趣意書」を突き付けられます。主に「堤王国」が崩壊した「株名義偽装事件」のことですが
箇条書きにされた質問事項のトップが「堤家のルーツは半島人であるのは事実か?」と言うものでした。
「総会屋」も「事件屋」も経営者を脅して、なんぼの商売ですから、質問されて、経営者が鼻でせせら笑うような、いい加減な質問はしないものです。
部落民の堤家は先祖が朝鮮半島から来て、滋賀県の部落に住み着き、定住した可能性は高いです。これも、国民例外無しのDNA鑑定を義務付ければ簡単にわかることです。

※詳細はこちらから
http://blog.goo.ne.jp/duque21/e/47d9f1deb9151b8f6efeb299aebe217b

 

 

正田家の墓の謎

鎌倉霊園には堤康次郎の巨大古墳があります。

昭和天皇陵の2~3倍の大きさになるそうです。

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この霊園に正田家の墓もあり、当然富美の遺骨も治まってます。

富美「死してもなお、おそばにいたい」

のでしょうか?

だとしたら、妻を寝取られ続けたうえに、死後も似た立場にある正田氏の立場がないですね(笑)

 

美智子様の妹

美智子様の妹は新潟水俣の公害企業主の安西家に嫁ぎました。

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九州の水俣に関しては資料も拾えますが、、、、、

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新潟の水俣に関しては言論統制とおもわれるほど、抹殺されてきました。新潟の水俣病に関しては、写真が拾えません。

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菊のカーテンの裏から、やりたい放題のようです。

 

 

「運命のテニスコートの恋」

カトリック系職員による意図的にセッティングされた「出会い」。最初から、結論は、美智子様ありきのお妃選びでした。

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運命の「出会い」を演出したのは、宮中のカトリック派、GHQのごり押しであることは間違いなさそうです。松平女史が、旧華族からお妃に推薦する方のお名前を挙げても、職員はスルーして、一切動こうとしませんでした。

そして、お妃選びに携わった小泉氏と正田家とは、お妃選びよりもっと前からの関係だったようです。

 

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コメント欄より

正田家の家系図より
h ttp://seiyou.ehoh.net/seiyou/++shinzoku-kakeizu-syouda.htm

副島網雄(中支那振興・常務理事)の長女・富美さんは1909年に上海で生まれたとなってますが、
国立公文書館所蔵公文書記載の「中支那振興株式会社設立要綱」 は、昭和13年(1938年)3月15日 閣議決定 となってます。
それ以前の国策会社は1906年の満鉄や1908年の東拓で、ここでも副島富美さん嘘ついてます。

国立公文書館「中支那振興株式会社設立要綱 」より
h ttps://rnavi.ndl.go.jp/politics/entry/bib00162.php

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更に
1929年の富美さんと正田家との仲人さんは児玉謙次 でした。この仲人の児玉謙次さんは、1903年ボンベイ横浜正銀行支配人、1911年に横浜正銀行上海支店支配人でした。

h ttp://ch.kanagawa-museum.jp/dm/syoukin/ysb_ayumi/nenpyo/d_toudori12.html

東京銀行の前身である横浜正銀行について*

設立に当っては、1円銀貨の導入を支援するなど当時の日本の海外貿易・外国為替に大きな影響力を持っていたHSBCを模範とし、HSBC横浜正金銀行に協力を惜しまなかった。運営に際しては小泉信三さんの父親・小泉信吉をはじめとする慶応義塾門下生が多く関わった。
小泉信三さん-皇室会議にかけずに美智子さんを皇太子妃にしてしまった人)

横浜正銀行Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E6%AD%A3%E9%87%91%E9%8A%80%E8%A1%8C

更に、児玉謙次さんは、1938年に閣議決定された中支那振興会社総裁でした。

支那振興会社総裁・児玉謙次氏は、昭和十四年十一月創立以来同社、ならびに子会社の育成強化につくし、中支における経済復旧に努力して来た
h ttp://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00479777&TYPE=HTML_FILE&POS=1

(ここまで)

小泉氏と副島家の富美とは、明仁皇太子妃選び以前からのつながりのようです。

 

 

BB様よりお借りしています。

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http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/07085d3383a9c660384c707f2390a12f

美智子さんと雅子さんは、コインの裏表なんですよ。
いずれも、GHQの皇室弱体化の流れに乗って皇室に入り込んだ女性です。

双方、周りのお膳立てで、でも恋愛の形を取り、皇太子の熱望により、と判で押したような嘘。男のほうが夢中になったのは、そう仕向けたから事実ではあるでしょうが、異性に免疫なく、風俗にも行けない男性をその気にさせるのは、さして難しくはないです。雅子妃の出会い細工はもう有名ですが、皇后陛下と今上との出会いも仕組みに仕組まれたことが、もうばれつつあります。
腹に一物ある連中が押し込んだのです、皇后陛下も雅子妃も。だからお互い同じ穴のムジナ。

(ここまで)

 

正田富美の躾(美智子の母)

「縁談には、どうしても一種のストラッグル(闘争)という面が出てきますものね」
「いいたいことをいわしていただいた。よくあちらさまが我慢なさったと思うくらい」

 

15の頃から婚活パーティーに娘を参加させていた富美。

女性は若い方が有利というのは、風俗業界の考え方なのよね。やはり、その業界の出身と見ていいと思うの。娘を高く売る交渉はがんばってたみたいね。

 

つらいつらい、ひどいひどい、といいながら、美智子も富美は笑顔なのよね。

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「国民のお手本となるような素晴らしい家庭」

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・長男は愛玩用で溺愛

・次男は搾取用、

・長女は放置子

テンプレ通りの毒親だったという話。

 

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無題 Name 名無し 15/11/28(土)23:14 id:Fya8fBek No.1462966
週に2回だったけ?
ケチの美智子がお金がかかるって、毎日風呂にも入れてくれなかったんだよ。
体操があった後の日は悲惨だったそうだね。
サーヤを語ると、必ずコメに書かれていたのが、耳垢と臭い髪の毛と近視と、
消しゴムもめったに買ってくれなかったという事と、
幼稚園児が持つような籐のカゴしか持っていなかった(買ってくれなかった)ので、
小学校の高学年時代も其れを使っていた。

美智子が内廷皇族の皇族費を一人で、衣装代として使いきっていたということ。
秋さんの新居がアレだったのも、サーヤの結婚式が延期されたのも、
ふくら雀が結べない、美智子のお古の着物と帯しか準備してもらえなかったのも、
美智子と今上が欧州旅行の準備で、散財したからみたいだね。時期が合致するんだよ。。。

 

無題 Name 名無し 15/11/29(日)04:50 id:qERIqwPs No.1463039

たった八日間の欧州旅行に、
美智子の衣装代が三千万円だったとか。
一回袖を通したものは、二度と着たくない、
生地も仕立ても織も最上級でないと我慢が出来ないんでしょう。
子どもの為に母親は我慢出来るもんですがね、
美智子は違う、鬼母、鬼姑だ。

(ここまで)

清子さまが、時代遅れで、みすぼらしい身なりをさせられていたという証言は、結構たくさんありますね。お兄様の御下がりのシャツをきせられている清子さま。

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※皇室の写真様よりお借りしています。

http://blog.livedoor.jp/royalfamily_picture/archives/1044999797.html

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美智子様

「家族で演奏会をしましょう。サーヤは楽譜をめくる係ね。アーヤは聴衆係よ」

(ここまで)

 

秋篠宮様

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秩父宮妃が遺言で、秩父宮邸を秋篠宮さまにお譲りするまでは、築数十年の職員用住宅をあてがわれていた秋篠宮家。

秋篠宮

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家にナマズを飼い、お庭に動物を飼い、おひとり内診王、親王がうまれるたびに増築して、つつましく暮らしておられた秋篠宮家。

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一方、東宮家では、チッソの江頭豊のために、バリアフリーに改築したそうな。

大量虐殺を引き起こした江頭。被害者様たちにヤクザを使って弾圧し、写真家ユージン・スミスの妻子を輪姦させ、スミス氏に暴行し脊髄を折る大けがをさせた江頭。

「貧乏人が腐った魚をたべるのがわるい」

と言い切った江頭。

晩年、東宮御所に宿泊し、庭を散歩するのが楽しみだったそうな。

 改築費用・建築費用

・御所 56億円

東宮御所 改築費用累計23億円

高円宮邸 3億6千万円

秋篠宮邸 1680万円

格差が、すごすぎ。

 

 

 

嘘「明仁天皇を支えてきた美智子様

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明仁親王「あちらの方(美智子)のいいように、、、」

全て美智子様にゆだねてきた明仁天皇陛下

その結果、、、、

 

 ドカドカドカドカ

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何もかも、美智子さまが中心。

皇族って、、、、美智子が???違うはずよ。

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美智子が真ん中

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明仁皇太子より美智子様中心の写真が配信

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天皇を従えて歩く

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即位式の報道でさえ、美智子が中心。まるで美智子の即位式のよう。

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嘘「苛めに耐えた自己犠牲の人。聖母のようなお人柄」

平成になってやったこととの一つは、御所の原生林を伐採し、必要のない宮殿を56億円かけてつくらせたこと。反対した宇野首相は、女性問題で、退陣することに。

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浜尾元侍従「浪費がすごい、女官を宵っ張りまでこき使う、職員をヒステリックに責める」飛行機が落ちても、昭和天皇が危篤になり、国中が音曲を慎んでいたときも関係なく、軽井沢で笑いながら踊っていたとの証言有。なにがあっても、ご静養していた美智子様

 

太后に対するハラスメント

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姑の香淳皇大后は、夫の昭和天皇没後、足のけがの治療において宮内庁の不手際があったため、車椅子の生活となられました。その後も親しい女官とお話をされるのを楽しみにされておりましたが、ある日突然、美智子の鶴の一声で、その【仲良しの女官】を即日解雇。

足と腰の御怪我と、孤独に悩まれて落ち込んでおられた、香淳皇太后様が、ある時、電話で外部の友人とお話を楽しまれていた時に、美智子は侍従に命じて、皇太后から、電話を強引に、取り上げさせました。

 

島津家のお姫様を、母上に持つ、高貴で穏やかな皇太后様は、たとえ平民でも絶対にしないであろう、ひどい仕打ちを受けたのです。高貴なお家、久邇家(こうぞく)に生まれ、幼少の頃から、人を苛めたり、苦しませたりすることに全く縁のなかった良子(ながこ)女王は=香淳様は、言いようのない絶望と恐怖に、陥られたでしょう。

 

その後は、延々と続く、闇の様な、孤独、見舞にも来ない明仁と、張本人の美智子、おばあ様のお見舞いを禁止された孫たち、世にあふれる【皇后本=いわゆる美智子本】には、口を合わせて、「昭和天皇没後、美智子さま明仁天皇やお子様を連れて毎日のように、香淳皇太后を見舞いに行き元気づけられていた」と【美智子の優しい嫁像】捏造し、お花畑の国民を騙しつづけていました。どの【美智子本】も金太郎飴的になっているのは理由が有ります。

女帝が、週刊誌から何から、全てチェックして、自分を批判している社には宮内庁の職員を使って抗議させ、それでも、屈しないジャーナリスト、渡辺みどりには、女帝が直接電話をかけて、【恫喝した】そうです。

なんせ、女帝のバックには【部落解放同盟】がいますからね。出自が一緒ですから(笑)恫喝されたジャーナリストはおそらく【あなた死体になって東京湾に浮かびたいの?】ぐらいは言われたでしょう。

 

母親の正田富美(旧姓、副島、上海生まれだが佐賀の下級武士の出身)は、天皇家との婚約の話し合いの時に、昭和天皇に対等以上の態度をとり、悪態を取り続けた鬼婆です。母、娘揃って【朝鮮の血が混じった部落出身の女ヤクザ】なんですよ(笑)

 

女帝が電話を取り上げさせたのは、香淳皇太后を【確実に早く死なせる為】です。実際その通りになりました。【見事な計画殺人】です。障害のある高齢者を絶望的な孤独に陥れたら、その先はどうなるか?高校生でもわかるはずです。

【電話を取り上げて外部との連絡をとれないようにする】のは、現行刑法で何条か忘れましたが【監禁罪】が成立します。死に至らしめるために監禁したのだから【監禁致死罪】が見事成立です。

 

子妃に対するハラスメント

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情報によると、女帝の紀子様に対する、苛めは半端ないそうです。どうでもよいことで、頻繁に呼びつけて、高く大きな声で、長時間厳しく叱責し続けるらしいです。その回数も、日に一度や二度なんて程度じゃないそうです。それでも、不貞腐れたり、口答えもせずに、神妙に耐えて聞き続ける紀子様に、「良くこらえてらっしゃる」と他の宮様や、宮内庁の職員の中から徐々に紀子様に同情する人々が増えているそうですが。

 

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655 名前:朝まで名無しさん[sage] 投稿日:2011/02/10(木) 01:31:43 id:JxAcrms1
紀子妃いじめは入内前から川嶋家訪問の折、皇后が紀子妃を怒鳴りつけた。
和代さんに茶を入れさせたのは宮内庁の支持だったが、紀子妃を標的にして宮中の慣例を壊していった。

紀子妃は皇后と宮内庁の板挟みにあって苦しかった。

皇后のビデオを見て所作を真似たのも、なにをやっても叱責されたための自衛策。

紀子妃先祖は戦前に学習院初等科科長を務めるなど、皇室との距離の近さは正田家とは比較にならない。しかし皇后からすれば、金も地位もない、戦後の皇室に何も貢献していない家だった。何をやっても抗議もなく、皇后はやりたい放題だった。

オクの人間は会見時のアツアツぶりに眉をひそめ、最初は皇后に同調していたが、そのうち皇后の常軌を逸した態度に腰が引けはじめ、紀子妃が一言も愚痴をこぼさなかったことに驚嘆し、『若いのによく御勤めになる』とだんだん認めるようになっていった。決定的だったのは前代未聞の子作り禁止。

http://ariesgirl.exblog.jp/25061567/ 

ほかいっぱい。

 

 

 

嘘「海外公務、海外王族との関係は美智子さまで持っている」

実際は、マナー違反で顰蹙を買い、実は無視されており、卑賤婚あつかい。

皇太子、天皇の同棲相手という立ち位置で、正式な妃とみなされていない。表記はプリンセス、エンペレスではなく、明仁皇太子、明仁天皇の妻・正田美智子。

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平民あつかいみたいね。

一方、紀子様は、プリンセスと表記されているの。

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1994年4月11日 ルクセンブルク大公、大公妃歓迎晩餐会 

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◇弟◇1994年4月 - 雅子様大好き

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1994年4月11日 ルクセンブルク大公、大公妃歓迎晩餐会 
美智子様のみ白いドレス
宮妃や内親王さまたちは、大公妃と同じ色のドレス。

日本の皇室側に無礼があっても、プトロコル上、ほかの海外の王族貴族の方は、クレームが出せないらしい。

 

 

嘘「海外も感動。素晴らしいファッションセンスに、完ぺきなマナー」

いつも頭にのせている小皿のような帽子は髪飾り扱いになり、実はマナー違反。

珍奇なファッションの人として有名らしい。

チャールズ皇太子の結婚式に、白いドレスに白いベール付きの帽子をかぶって参列。顰蹙を買う。

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そのほか、数多くのマナー違反を繰り返し、自分ひとりが目立ちたいがゆえに、身勝手にふるまい式典を台無しにすることも。

 

キチガイじみたファッションセンスは、嘲笑をさそっているそうな。

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ローマ法王のコスプレ

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文化力のないセンス 

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マントに皿帽子。

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ドレスに蚊帳。

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自称「世界のファッションリーダー」

でも、だれもマネしないのよ。

 

 

嘘「質素倹約に励みながらも、やりくり上手」

夫の明仁天皇が即位した後、やったことは、必要のない宮殿を56億円かけて作らせたこと。一度着た衣装は二度ときないとのこと。

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ttp://blog.goo.ne.jp/duque21/c/bf5f3e00c56c4cd4c7b394286758cb86/1

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 超高額の着物を買って、一度袖を通すと、二度と着ずに放り出すそうです。それを皇后になって以来、27年間続けているものだから、今上陛下が「物置を作ってほしい」と言ったら、山のように積まれている、御着物を全部収納する建物が体育館並みになったそうです。平民皇后としては、これは明らかに、【皇室利権】ですよ(怒)

(ここまで)

 

かつての、天皇夫妻の欧州訪問の費用がバカみたいなことになりましたが、費用が掛かりすぎると非難があったのに、「皇后さまがご病気」といういつもの仮病を使って同情をおこさせて、おしきってます。

 天皇夫妻のフルムーン旅行といわれた、本来、意味のない欧州旅行の経費です。

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もちろん税金からでてます。

経費
8000万
飛行機代、
使用されるのは政府専用機、別途防衛庁の費用から支出。

一億千六百万
 1800万 34人の職員たちのホテル代
 500万 外国出張手当
 自動車の借り上げ代 1200万
 服装の新調 3500万

交際費8千100万
贈呈品5500万
 原種、閣僚クラス、ホテルの支配人、空港長、警察署長まで、150人以上の関係者への贈呈品。
 元首クラスには、丸谷焼など日本独特の美術品を、そのほかの方々には菊の御紋いりの銀の花瓶、食器を用意。

「なにもみすぼらしい格好でいってくださいというわけでは、ありませんが、国内で着ていらっしゃる服で十分ですよ。質素を旨とする皇室の伝統はどうなっているのかと、問い返したい気持ちになりますね」


(ここまで)

 

思うのだけど、訪問先への進物品が多いと思うのだけど、卑賎婚の美智子を、皇后として扱ってくれという賄賂なのかもしれませんね。 

 

 

 

 

嘘「古臭い皇室の犠牲になった美智子様

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皇室を犠牲にしている美智子さま、といったほうが正しそうです。

 

まずは、祭祀を犠牲にしました。

天皇家の存在理由は祭祀王であることです。

今、祭祀を簡略化したうえに、宮内庁職員による代理というかたちで丸投げしている状態だそうです。しかも、代理で祭祀をおこなう職員は創価学会の信徒といわれています。

一方では、自分たちのための祭祀を勝手に作りました。

前例のない「金婚式祭祀」です。

 

http://melma.com/backnumber_170937_4461807/

▽先例なき金婚式祭祀

 どうにも違和感を覚えざるを得ないのは、今月行われたご結婚50年の祭祀です。

 宮内庁の発表によると、4月10日、宮中三殿で祭典が執り行われ、掌典長による天皇の御代拝、掌典次長による皇后の御代拝が行われた模様です。また、皇太子殿下が三殿に拝礼し、秋篠宮殿下が参列されたようです。皇祖・天照大神をまつる伊勢神宮や先帝・昭和天皇が眠る武蔵野陵などで祭祀が行われ、幣物が捧げられたと聞きます。

 すっきりしないのは2点。1点はご結婚50年の祭祀が宮中三殿ほかで行われることの妥当性、2点目は御代拝のあり方です。

 まず1点目。いわゆる金婚式のような大きな節目に国民の視点でお祝い申し上げるのは大いにけっこうなことであり、過去にもそのような事例は知られています。しかし祭祀は別でしょう。祭祀令には金婚式祭祀は見当たりません。

 少なくとも昭和天皇の時代に大婚50年の祭祀が行われたということは聞きません。昭和天皇香淳皇后のご結婚は大正13(1924)年1月で、したがって大婚50年は昭和49年でしたが、同年に今回と同様の祭祀が行われたという資料を私はまだ見出していません。

 となると、宮内官僚たちが「昭和の先例」を根拠に祭祀の簡略化という伝統破壊を進めているなかで、先例なき金婚式祭祀がなぜ行われることになったのでしょうか。天皇の祭祀は本来、「国中平らかに安らけく」という公正無私なる祈りですが、宮中祭祀の大原則を外れたような今回の金婚式祭祀はいかなる神学的根拠に基づいて行われたのでしょうか。


▽行き当たりばったりの形式

 次に御代拝にも問題があります。

 御代拝が行われたということは、本来的には天皇ご自身の親祭もしくは親拝、皇后ご自身の拝礼が行われるべきであるという前提に立っているということになります。

 先述したように金婚式祭祀の先例はありませんが、百歩譲って祭祀の妥当性を認めるとして、たとえば天皇誕生日天長節祭のような小祭としての位置づけなら、掌典長が祭祀を行い、天皇が拝礼するのが本姿です。もしご事情があって天皇ご自身の親拝がなければ、掌典長が祭祀を行い、皇族または侍従による御代拝が行われるというのが伝統的形式です。

 ところが、当メルマガの読者なら先刻ご承知の通り、入江侍従長の時代に、硬直した憲法解釈によって、侍従による御代拝は政教分離に抵触するとされ、わざわざ新設された掌典次長による御代拝に改変されることになり、さらに皇后以下の御代拝制度は廃止されました。

 今回は、天皇の親拝、皇后の拝礼に代わって、掌典次長による天皇の御代拝、皇后の御代拝はなし、というのではなく、掌典長による天皇の御代拝、掌典次長による皇后の御代拝が新形式が行われたのだとすれば、「俗物」侍従長らによる「先例」をさらに輪をかけて改変させたことにならないでしょうか。

 皇室の聖域である宮中祭祀の祭式は形式とはいえ、単なる形式ではありません。行き当たりばったりのようにして、右に左に簡単に祭式を変えてしまうことは、あってはならない神への冒涜といえないでしょうか。

 いみじくもご結婚満50年に際して4月8日に行われた両陛下の記者会見で、皇室の伝統に関する質疑応答が行われましたが、まさに皇室の伝統、祭祀の伝統に関する本質が問われていると私は考えます。宮内庁OBや神社人のなからも疑問の声が聞こえてきます。

(ここまで)

 

 

国の為には祈らない、でも、自分たちのことはよろしくね、という方針は、もう、祭祀王ではなく、ただの一般参拝客と変わりません。

ほかにも、歴代の皇后が受け継いできたティアラやネックレスなどの宝飾品が、今、行方不明です。美智子と雅子が、横領している可能性が高いです。

 

そして、祭祀の代わりに、慰霊とかいうものを始めました。

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交通規制を敷き、莫大な公費をつかって天皇夫妻が、地方やフィリピン、パラオなどに押しかけ

 

天皇夫妻が並んで立つ

2献花

3拝礼、黙祷、

 

これに、何の意味があるのか不明ですが、マスコミに絶賛記事をかかせます。

しかも、DVDにして売り出すという鬼畜ぶり。

慰問映像をDVDにして販売するっている根性は、まさに非日本人だわ。

公益財団法人菊葉文化協会−頒布品(DVD)−

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美智子様が、ご成婚前も後もカトリックでありつづけているというのは、間違いないらしく、ご成婚後も、夫やお子様たちを連れて、教会や母校の礼拝堂に通っていたという証言は数多く残っています。

「慰霊の旅」は、旅行が大好きなカトリック教徒の美智子さまが、葛藤することなくできる発明なのかもしれません。

簡単だし、目立つし、旅行はできるし、カトリック教徒として葛藤がおこらないし、、、、、。

 

 

嘘「美しすぎる美智子様

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追記 2016/03

美智子さまの、顔が変わるのは整形ではなく、それぞれ別人であるかもしれません。

明仁皇太子の夫人となった正田美智子さんは、第二子を懐妊するも胎児がブドウ状に奇形化し掻把する手術を受けました。その後半年間の休養を得て復帰されますが、、、

流産前と後では別人では?という疑惑が、、、。

 

身長が違う、頭身がちがう、、、

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生涯かわらないはずの、耳の位置が違う、耳の形が違う、頭蓋骨の奥行きが違う、鼻がちがう、、、、

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※詳細はこちらから

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嘘「美智子様は、日本女性のお手本」

 

  いい加減にしろと言いたいレベル。

 

思いつく限り書きましたが、なにもかも、嘘でした。 

なにもかも嘘ばっかり、これが、美智子さまのただ一つの真実です。 

 

※詳細はこちらから

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 極めて関係ない画像

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