でれでれ草 DereDre Gusa

でれでれなるまゝに、 日ぐらしPCに向かひて、 心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書き付くれば、 あやしうこそ物狂ほしけれ。 ああ@でれでれ

全員別人!すり替わった影武者!

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30年後の皇室@妄想未来日記(前) こうなればいいなあ

皇室まとめ
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本日もお越しいただきありがとうございます。

未来日記を書きました。妄想です。

 

30年後の日本(管理人の妄想)

平成も終わりの頃におこった、『影子』による皇位簒奪未遂の事件から、はや30年がたつ。

『影子』は、敬宮愛子内親王に化けて女性天皇になろうとした少女で、未成年が初めて死刑になった事例をつくった。

逮捕当時、クーデターの主犯『影子』は未成年だったため、成年になるのを待ったあと求刑通り死刑が確定しのだが、10年間の長い拘留のあと刑が執行された。

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『影子』の逮捕にともなって、『影子』の皇位簒奪計画の支援母体であった創価学会に対して破防法が適応され、逮捕者は1000人を超え政治団体公明党はここで消滅した。

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身元不明の少女が敬宮愛子様になりすまし女性天皇になろうとした前代未聞の「平成の皇統簒奪未遂事件」は、真実を報道する義務のあるマスコミと、皇室皇族を守る義務のある宮内庁ぐるみの前代未聞の事件であり、当時は世界中の耳目を集める事件となった。

 

主犯の『影子』が未成年であったことにたいし、「大人の陰謀に使われた被害者」、という同情が人権団体の間におこり免罪するべきという声も一部あったものの、国民の多くからは同情がよりも怒りが多く極刑を望む声がおおかった。

日本人は皇室がからむと怖いのである。

実際「影子を吊るせデモ」などが各地で起こっている。デモと運動は、60年安保以来の盛り上がりをみせた。

判決の理由の一つに、今回の皇位簒奪、クーデターという大罪の主犯を未成年であるからという理由で免罪した場合、これを事例として将来、未成年や児童をつかった大掛かりな犯罪が増えるだろうという判断もあり、あえて厳しい判決になったという。

 

さらに、『影子』は、逮捕時すでに10代も半ばをすぎており、自らの立場と行いが犯罪であるとの認識は十分に可能な年齢であり、児童相談所や警察などへ相談し保護を受けることもできたのにかかわらず実行しなかったのは、本人に天皇になりたいという野心があったためとの判断もあり有罪となり死刑判決となった。

 

死刑執行時の「影子」は、幼少時より愛子内親王ににせるため繰り返した整形手術の崩れがひどく、本人の希望を汲んでマスクをしたまま刑が執行された。

30年がたった今、事件の記憶は日本国民にとって遠いものになっている。

 

今上天皇である文仁天皇陛下、紀子皇后陛下も、ご高齢ではあるもののご健在である。

陛下の祭祀王としての正しい祭祀により神の神威あらわれて安寧な世が続いて久しい。

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皇太子悠仁さまは、故秩父宮さまに似た風貌にご成人遊ばされ、早くに旧華族よりお妃を迎えて親王が複数おられ男系による皇統の継続の危機は過去のものとなった。

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将来、立太子される予定の第一親王も心身ともに健康に御成育あそばされておられる。第二親王以下の親王がたは、成人後、秩父宮家、高松宮家を再興することが決まっている。

 

文仁親王立太子文仁天皇即位にともなう悠仁親王立太子により、親王不在となった秋篠宮家には、皇室典範改正後、旧宮家の男子を養子に迎えて2代目の跡継ぎとされ、両陛下の第一皇女眞子さま秋篠宮妃となり秋篠宮家を継がれた。

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第一皇女にして秋篠宮眞子様は、多産系の母后に似て沢山の親王内親王に多く恵まれ、秋篠宮家も安泰である。

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常陸宮家もまた、旧宮家の男子を養子に迎えて後継とし、今上陛下の第二皇女佳子さまが宮妃となり常陸宮家の存続となった。

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常陸宮家の新宮ご夫妻にも跡取りの親王がもつつがなくお生まれになり、宗家、秋篠宮家、常陸宮家に親王内親王が数多く賑わい皇統の危機は消滅した。

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新年のバルコニーには、文仁天皇、紀子皇后と、悠仁皇太子、2人の宮様、宮妃でもあり皇女さまお二人、そして、成人した宮様がたが並んで国民に手を振り、国民が旗を振って寿ぐ。

四海の波も静まるほどの安らかな御代をうつしている象徴的光景といえよう。

 

一方、三笠宮系のひとつ高円宮家は、未亡人久子妃の死後、皇室典範の決まりに従って廃絶した。

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女性宮家の創立や、宮家の当主になるという実現しない不幸な妄想にしがみつき、今だに、承子女王彬子女王、瑤子女王、絢子女王が、皇室に残っておられるが、いずれもご公務の声もかからず、祭祀や儀礼、式典においても、皇族の人数が増えたためお呼びはかからないこともあり、大衆の前にはでてこないため、すっかり忘れられている。

 

続きます。

 

爆睡

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