でれでれ草 DereDre Gusa

でれでれなるまゝに、 日ぐらしPCに向かひて、 心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書き付くれば、 あやしうこそ物狂ほしけれ。 ああ@でれでれ

全員別人!すり替わった影武者!

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30年後の皇室@妄想未来日記(後) こうなればいいなあ

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妄想未来日記、つづきです。

 

4人の女王がたは、再三、三笠宮家、高円宮家の存続と再興を願い出るのだが、女王方と天皇家との血が遠く薄くなってきていること、かねてよりの女王ご自身のご性質や所業が芳しくないということ、国家の財政の問題などもあり宮家を存続させる理由もなく、申請するたびに却下されつづけて今に至った。

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承子女王は、大正天皇の曾孫としてのブランドを生かして、高貴な血を憧憬する成金の愛人を多数持ち援助を受けながら面白楽しく暮らしていたものの、愛人だった資産家も老いて引退したため援助を失い、女王ご自身の盛りを過ぎたため新しい援助者をみつけることができず、故久子妃殿下が残した財産を食いつぶした後、投資に失敗して素寒貧に。

女王の歳費も少なく公務の依頼も来ないため宮邸が維持できず、職員の勧めで、かつて文仁天皇と紀子皇后が新婚当時、秋篠宮邸として与えられた平屋の職員住宅へ末妹の絢子女王とともに移り住むことになり今にいたっている。

 

そこに、三笠宮宮妃信子さまの死後、宮家が廃絶したあと行き場のない彬子女王、瑤子女王が合流された。

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性根の悪いプライドだけは高い三笠宮系の女王2人と、不品行で俗物まるだしの高円宮系の女王2人が、もはや血筋も遠くなった天皇ご一家を妬みそしり、同時に従姉妹どうし互いにいがみ合いながら元は職員住宅だった平屋の旧秋篠宮邸で殺伐と暮らしておられる。

千家氏と離婚後、再婚した典子さんは、やっかいな姉や従姉妹とはかかわりたくないと思っているのか、めったに足を運ばない。

 

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文仁天皇の兄であった皇太子徳仁親王は、即位前に急死し皇太子のまま亡くなった。平成末期のことである。

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晩年はアルコール中毒だったと噂されたが真偽は不明である。

その後続いて美智子夫人が亡くなったが、代々皇后が受け継いでいるはずのティアラや宝飾類が不明になっていたことが死後、大きな問題になった。今も行方がわらないままである。

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美智子夫人に続いて、明仁天皇崩御され、混迷の平成は終わった。

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美智子夫人が皇室財産を蕩尽しつくしていたため内廷費用の貯蓄がなかったばかりでなく、皇居を担保に外国の銀行に莫大な借金まで作っており宮内庁も国会も責任問題を巡って紛糾した。

資金不足から美智子夫人の葬儀は皇室の伝統にのったものではなく一般人と同じ規模と格式になった。美智子夫人の死後、美智子夫人の本性が世間に流布され、マスコミが喧伝していた内容とのあまりの相異に国民からの失望と怒りは大きく、日清製粉不買運動にまで発展して日清製粉は倒産、正田家の破産につながった。

その流れで、皇后、皇太后諡号も見送られた。

 

資金難から、明仁天皇の大葬の礼もまた見送られ、一般人のように生きたいと望んでいた明仁天皇らしく、一般人のように火葬にされ一般人の規模の葬儀となり、かねてより用意されていた一般人の墓にちかい形の陵墓に収まった。昭和天皇のように海外からの要人の参加はなかった。

 

徳仁親王の死後、雅子夫人は、皇太子、皇太子妃が受け継いできたはずの皇室財産の流出が明らかになり、容疑者として雅子夫人の姉妹と両親など一族が逮捕されるなど不幸が続き、ストレスから持病の皮膚疾患が爆発。皇太子夫妻には不逮捕権がないため、雅子夫人は、入院したまま取り調べを受けることになった。

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この問題をさらに大きくしたのは、皇室財産の横領だけではなく、雅子夫人やご実家の小和田家が当時、軍事的緊張のあった北朝鮮と深いつながりがあったこと、平成末期に成立したスパイ防止法に違反する行為が過去にあったことが明らかになり、さらに問題は外患罪の適応になるかどうかまで問題が大きくひろがった。

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国内でも、雅子夫人と小和田一族を敵国の工作員として起訴するか処罰するかどうかで、世論と国会は紛糾したが、結局、雅子夫人の父である小和田恒と母の優美子は、スパイ防止法の適応は見送られたが、横領罪で逮捕、起訴され有罪となった。執行猶予はつかず実刑判決がおりた。親の小和田恒と母親の小和田優美子は獄中で死亡している。

 

横領の共犯者とみなされた雅子夫人の2人の実妹、礼子と節子は、捜査が入ったときすでに小和田、江頭両家に共通する遺伝病、統合失調症を発病したため病院に収容中であり供述をとることが困難であったため、起訴はみおくられた。2人の実妹は、今なお入院中である。何度も自殺未遂を繰り返すので監視が必要であるそうな。

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この騒ぎの中、雅子夫人は、言動の異常が目立ち精神病院に入院されるはこびになり、入院はつづき今日にいたっている

これにいたる要因にも諸説あり、皇室に近い人間のリークとして、皇室財産横領の容疑者として逮捕されるより、病人として病院に収容される方を選んだという説もある。

 

一方では、夫人はストレスが要因で発狂したのではなく、もともと知能が小学生低学年レベルしかないほどに低いうえに、育ちが極端に悪かったため常識が欠けているため、言動が異常にみえるのけであって病ではない、狂っているようにみえるのは最下層のお育ちと、持って生まれた極悪なご性質であるという説もある。判定は微妙である。

 

雅子夫人は身体的には健康であり、皇太子妃時代と同じように、六本木に白人男性を、朝鮮部落に犬肉を買いに行こうとして脱走を試みるのをとめるのが難しいと、病院の介護職員が嘆くくらい元気はつらつとされている。

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夫人の身体の健康状態は問題なく、大食したあと大量の排便をしては便器を詰まらせては逃走するということを繰り返すため、職員は夫人を「ラバーカップ雅子」とよび、雅子夫人専用のラバーカップも常備されている。

夫人は職員に呆れられつつも親しまれており、このまま、余生を施設でお暮しになるであろうと言われている。

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愛子さんは、、、、

多くの霊能者が成人した愛子様をみることができないと言っているらしいのですね、、、御察しください。

 

こうなればいいなあ、という一国民の妄想ですけどね。

因果の種に応報の花が咲き実がなるのが常であるなら、近い図になるのではないでしょうか。

 

 添い寝

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