でれでれ草 DereDre Gusa

でれでれなるまゝに、 日ぐらしPCに向かひて、 心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書き付くれば、 あやしうこそ物狂ほしけれ。 ああ@でれでれ

全員別人!すり替わった影武者!

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(前)美智子と恒@朝鮮馬賊的売国奴のためのバーゼル

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本日もお越しいただきありがとうございます。

2002年 美智子とスイスのバーゼル

2002年(平成14年)9月28日 - 10月3日、スイス旅行。

国際児童図書評議会 (IBBY)、スイス・バーゼル=シュタット準州州政府からの招待により、同準州州都バーゼルで開催される「国際児童図書評議会創立50周年記念大会」に出席のため。

(皇后美智子wikiより)

 

2016年 小和田とスイスのバーゼル

http://blog.goo.ne.jp/duque21/e/89609088d012f4e726652bfba66b68af

一週間ほど前から、ちらほら「噂」を耳にしていましたが、まさか事実だったとは思いませんでした。
「ある相当な筋」から得た情報ですから、「裏取り」する必要のない「現在進行形の事実」です。某国家の主要地位にいた方です。

★以下、「リーク」を許可された部分のみ公開します。
≪皇太子妃雅子の父、小和田恒は今、現在、スイスのバーゼルのホテルに「軟禁」されている≫
嫌疑は、スイスの銀行に有る「天皇家のお金」に手を付けたからだそうです。
驚くなかれ、日清戦争の、清国の賠償金以来蓄積されたもので、天皇家名義のお金は8兆円も蓄積があるそうです。
★「政府」(総務省らしい)が救出に向かったが埒が明かないそうです。

(以上)

 

 

美智子皇后のスピーチ

ムバラク夫人,ドライフス夫人,コンティ首相,
島会長,マイセン議長,IBBYの皆様
創立50周年という,大きな節目を祝うIBBY(イビ)のバーゼル大会開催にあたり,ムバラク夫人,ドライフス夫人と共に,大会の名誉総裁に任じられましたことは,私にとり思いがけない喜びでございました。今日この式典に臨み,これまで子どもと本との出会いのため,世界の各地で誠意をもって働いてこられた皆様方とお会いいたしますことを,心から嬉しく思います。
IBBYの50周年おめでとうございます。

57年前,第二次大戦の終わったその年,後にIBBYの創設者となるイエラ・レップマンは,戦後ドイツの疲弊した社会で生きる子どもたちに,本を見せたいという抑えがたい願いを抱きました。子どもの知性と想像力に働きかけ,子どもの心をふるい立たせるために,今,自由世界で子どもたちの読んでいる本を送ってほしい,できれば絵本や挿絵のある本を,というレップマンの要望は,やがて世界に発信され,20カ国から約800冊の本となって彼女の手許に返ってきました。
この度再版されたレップマンの著作「子どもの本は世界の架け橋」によると,これらの本は,ドイツの各都市を巡り,百万人を超える子どもや大人の手にとられ,ある時は子どもたちの胸に抱きしめられ,その出発の地に戻って来ています。多くがページの端は折れ,やぶれ,これ以上に素晴らしい本はないのだ,とレップマンが言った,ボロボロになるまで読まれた本となって。
困難の中で生き延びようとしている子どもたちが,どうかその心の支えとなる本に巡り会ってほしい,という願いは,かつて自分自身子どもとして本から恩恵を受けた多くの大人たちの願いであり,この恐らくは世界に共通する願いが,50数年前,レップマンの叫びに呼応し,戦後のドイツの子どもたちに本との出会いを作ったのでしょう。このレップマンの願いを継承し,IBBYは50年にわたり,世界の各地で子どもと本をつなぐ仕事を続けてきました。

私自身がIBBYの活動と最初につながりを持ったのは,1980年代の終わり頃であったと思います。IBBY日本支部(JBBY)は,1990年国際ハンス・クリスチャン・アンデルセン賞の候補者として,詩人まど・みちお氏を選び,詩の翻訳を私に託しました。受賞することよりも,せめて各国の審査員に,日本にはこういう詩人がいることを知ってほしいから,という手紙と共に,まどさんの詩集が数冊送られて来ました。手紙の末尾に,翻訳料はなしで,と書き加えられていました。
私はそれまでに,それ程多くの詩を英訳していたわけではなく,十数年にわたり招かれていた英詩朗読会で読むために,年に3,4篇を訳していたに過ぎません。そのほとんどは,私が結婚し,3人の子どもを育てている頃に読んだ日本の詩の英訳でした。
子どもが生まれ,育っていく日々,私は大きな喜びと共に,いいしれぬ不安を感じることがありました。自分の腕の中の小さな生命(いのち)は,誰かから預けられた大切な宝のように思われ,私はその頃,子どもの生命(いのち)に対する畏敬(おそれ)と,子どもの生命(いのち)を預かる責任に対する恐れとを,同時に抱いていたのだと思います。子どもたちが生きていく世界が,どうか平和なものであってほしいと心の底から祈りながら,世界の不穏な出来事のいずれもが,身近なものに感じられてなりませんでした。このような日々に,心をひかれた詩を英訳し,私は朗読会の方々と分け合っておりました。

私は,まどさんの詩を少しずつ訳し始めてみました。私の力ではなかなかはかどらず,始めてから4年目に,ようやく80篇の翻訳が整いました。この翻訳の仕事を通し,私はJBBYを知り,各国のIBBYの会員の方々ともお会いする機会を持つようになりました。
私はIBBYの会員が,様々な分野にわたることを次第に知るようになりました。作家,画家,研究者,翻訳者,出版関係者,教育関係者,そして図書館関係者。ヘルシンキでお会いしたIBBYの長年の協力者は,小さな可愛い劇場を持つ人形使いでした。会員を結んでいるものは,子どもと本とが良い巡り会いを持ってほしいという共通の願いであり,また,本を通し,世界の子どもたちを少しでも近づけたいという,共通の理念であることを知りました。子どもと本に関わるあらゆる分野の人々が,IBBYという世界的な連絡網で結ばれ,世界に目を向けつつ,子どもと本をつなぐ仕事に携わっている姿が少しずつ見えて来ました。

1998年,IBBYのニューデリー大会における基調講演を求められました。大会のテーマは「子どもの本を通しての平和」で,私は第二次大戦の末期,小学生として疎開していた時期の読書の思い出をお話しいたしました。
身近にほとんど本を持たなかったこの時期,私が手にすることの出来た本はわずか4,5冊にすぎませんでしたが,その中の1冊である日本の神話や伝説の本は,非常にぼんやりとではありましたが,私に自分が民族の歴史の先端で過去と共に生きている感覚を与え,私に自分の帰属するところを自覚させました。この事は後に私が他国を知ろうとする時,まずその国に伝わる神話や伝説,民話等に関心を持つという,楽しい他国理解への道を作りました。
子どものために編集された「世界文学選」2冊には,当時の対戦国の作家も含め,世界の作家の作品や,作品からの抜粋,ー簡略化したものではなくー,詩,手紙等が入っていました。
2冊の本は,私に世の中の様々な悲しみにつき教え,自分以外の人が,どれ程に深くものを感じ,どれ程多く傷ついているかを識らせました。そして生きていくために,人は多くの複雑さに耐えていかなければならないことを,私に感じさせました。それとともに,それらは私に文字や言葉の与える心の高揚を実感させ,私の中に喜びに向かって伸びようとする芽を植えました。戦時下の地方の町に住みながら,私は本という橋の上で,日本の古代の人々とも,また,異国の人々とも出会い,その人々の思いに触れていました。疎開先に私を訪ね,黙ってそれらの本を手渡してくれた人があったことは,私にとり,幸運なことでした。

私がこのたびバーゼルに参りましたのは,私自身がかつて子どもとして,本から多くの恩恵を受けた者であったからです。大会の名誉総裁に推され,また,大会へのお招きを頂いた時,私は自分がそれに相応(ふさわ)しい資格を欠くことを思い,ためらいを感じておりました。私がこの大会で自分に出来ることは何かを自分に問い,それはかつて自分が本から受けた恩恵に対し,今も私が深い感謝を抱いていることをお伝えし,世界のあちこちで,今日も子どもと本を結ぶ仕事に携わっておられる方々に,その仕事への評価と,感謝をお伝えすることではないかと気付かされました。もしかしたら,私は私の中に今もすむ,小さな女の子に誘われてここに来たのかもしれません。

IBBYの活動は,本の持つ価値と,子どもの持つ可能性を共に信じる人々により,これからも息長く続けられていくでしょう。今大会の標語「子どもと本 ワールドワイド チャレンジ」は,IBBYを支える人々の強い使命感の表明であると思います。
貧困をはじめとする経済的,社会的な要因により,本ばかりか文字からすら遠ざけられている子どもたちや,紛争の地で日々を不安の中に過ごす子どもたちが,あまりにも多いことに胸を塞(ふた)がれます。会員の少なからぬ方々が,このことにつきすでに思いをめぐらせ,行動されていることを知り,心強く感じております。私たちはこの子どもたちの上にただ涙をおとし,彼らを可哀想な子どもとしてのみ捉えてはならないでしょう。多くの悲しみや苦しみを知り,これを生き延びて来た子どもたちが,彼らの明日の社会を,新たな叡智をもって導くことに希望をかけたいと思います。どうか困難を乗り切っている彼ら一人一人の内にひそむ大きな可能性を信じ,この子どもたちを,皆様方の視野に置き続けてください。

子どもを育てていた頃に読んだ,忘れられない詩があります。未来に羽ばたこうとしている子どもの上に,ただ不安で心弱い母の影を落としてはならない,その子どもの未来は,あらゆる可能性を含んでいるのだから,と遠くから語りかけてくれた詩人の言葉は,次のように始まっていました。

生まれて何も知らぬ 吾が子の頬に/母よ 絶望の涙を落とすな/その頬は赤く小さく/今はただ一つの巴旦杏(はたんきょう)にすぎなくとも/いつ 人類のための戦いに/
燃えて輝かないということがあろう…

マイセン夫人
長年にわたるあなたのIBBYへの献身に対し,深い敬意を表します。IBBYの50周年を祝うこの大きな会を,あなたはどんなに心をこめて準備なさったことでしょう。
この意義ある会に招いてくださり,有難うございました。

出席の皆様方にとり,このバーゼル大会が,楽しく実りあるものとなりますように。
国際会議は,国境を越えて志を同じくする人々が集い,経験を分かち合い,意見を交わし合う素晴らしい機会であると思います。皆様方一人一人が,ここに来られた時にまさり,豊かにされ,強められ,これからの仕事に希望を持ち,ここを去ることができるよう念じております。
私は,IBBYの仕事に大きく貢献していける立場にはありませんが,この度の会議に出席し,皆様方の活動の一端に触れることにより,私自身少しでも深くIBBYを知ることとなり,これからも遠くよりこの活動に心を寄せていかれるのではないかと感じております。
皆様の御多幸をお祈りいたします。

(以上)

 

これをいうために、他にもたいした公務もないのに、スイスへ単身でかけた美智子。

何しに行ったんでしょ。

 

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バーゼルより―子どもと本を結ぶ人たちへ

美智子(著)

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悪行は他人にスライド、世論調査で被害者を装い同情をかう

美智子

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女官いびり、義母苛めなどをしていた美智子夫人。が、マスコミを使って「御可哀想な美智子さま」の虚像を作り己の所業を香淳皇后になりすつけ同情を飼うのにウマウマと成功。

 

皇室掲示板より

面白かったのは、皇太子殿下のご結婚の儀式で、「ご結婚の儀」の期日を小和田家に伝える「告期の儀」でのことである。
小和田家を訪問した侍従長は本来、天皇陛下のお遣いとして出掛けたのだが
テレビの説明は「天皇皇后陛下のお遣いとして」と解説していた。

… 無題 Name 名無し 16/08/02(火)22:55 id:l6AqxPMM No.1711054
>しかし、側近たちの話を聞くと、侍従たちが次第に余計な事はするまいと考えるようになるのも、無理からぬところがあるようである。

それというのも、皇后陛下のご気性に激しい側面がおありのためである。
普段は慈愛に満ちたお顔からも分かるようにお優しいお方なのだが、
癇性な面もお持ちで、御所の中では時折、甲高い声を上げられたりすることがある。
女嬬というお側のお世話係の女性が仕事を失敗したりすると、こっぴどくお叱りを受けたりしている。

侍従たちにはもっと手厳しく、お気に召さないことをすると「どうしてわかっていただけないの」
などとおっしゃって延々とお小言を賜る。
つい先日も、ある侍従は一時間も叱られ続けたと言われているのである。

※BBさまよりお借りしてます

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/80880028f401012ac976156531bb350c

ちなみにヴァイオリンの先生の御宅は華族で妹は侍女を頼まれて仕方なく(なんでも3か月持たないらしい、当時の美智子さんの侍女で。つねに人足りません状態)出仕。バッグを投げつけられて、その場で退場。やはり3か月の命だったそうです。妹さん曰く、私はバッグでよかったわ、ハサミの方もいらしたのよって。

当時、ほんの子供だった私ですらまじ、気違いって思うレベルのお話でした。

そんな人が皇后になり、地球の都合かもしれないけど、昨日の千葉県の濁流をみると、平成ってほんとうに災害が多かったわねと思う。たくさんの人に言いたい放題で意地悪してるのかしらって思います。

(以上) 

雅子

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結婚前の奔放な男性経験と堕胎手術歴を、紀子妃にスライドした雅子。

wikiにはドイツ語の大会で優勝したとかあるけど、あれはなに?本当なら写真やトロフィーなどを掲載するはず。

一方、紀子様は幼少時ドイツで過ごされたので、ドイツ語は堪能。

悪事は他人に擦り付けて、手柄は横取り。

まさに、ウリナラの半島の歴史の作り方。

しかし、あまりの雅子の莫迦ぶりのためばれていますけど(笑)。

 

影武者チームをつくる 

美智子

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ご成婚以前から複数の影武者を用意して明仁皇太子を取り囲み、入内後も複数の異母姉妹とおもわれる女性たちが正田美智子に化けて明仁さんに侍っている状態。

雅子

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雅子にダブルはいませんが、夫のナルちゃんにはダブルがいます。さらには、娘の愛子さんもダブルがいます。自閉症愛子様の影武者を用意してごまかし続けて、ついに偽物と完全に取り換えました。鬼のような母親です。

 

捏造だらけの出自と家系 

美智子

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家系図の捏造と、カトリックの信仰をかくして、明仁皇太子の性欲を利用して皇太子の妻におさまった美智子。

1皇太子妃決定とのスクープが海外のメディアに、

2正田家への内定への連絡、

皇室会議

という順番。

皇室会議にかけられて審議されていないので、法治国家では正妃あつかいされませんでした。卑賎婚扱いです。

 

雅子

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美智子と同じく家系図の捏造と、学歴の捏造、創価学会の信仰を隠して、徳仁皇太子の個人的な好意を利用して皇太子の妻に。こちらも海外のメディアのスクープがでるのが先でしたね。

1皇太子妃決定とのスクープが海外のメディアに、

2記者会見と皇室会議

という順番で美智子と同じく、今も正妃あつかいされず卑賎婚扱いされています。

妃としての売り込みかた、家系や学歴、信仰や履歴の誤魔化しかた、皇室典範を無視して世論の印象だけでご成婚へのもっていきかた、など美智子と雅子は、まったく同じです。

 

ご成婚後は被害者であると宣伝させ皇室破壊と私物化に対する非難を禁じる

美智子

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「何度も断ったのに皇太子たっての願いで無理やり皇太子妃になったものの」

⇒最初から美智子ありきの皇太子妃選びだったのよね美智子様

波多野とかいう婚約者がいたのに破談にした美智子様

カトリックであることを隠した美智子様。何故隠したのか。皇太子妃になりたいからでしょ。

「古い皇室に順応できない、近代的な可愛そうな皇太子妃」

⇒15歳の頃から婚活パーティーでダンスを踊っていた当時では考えられない育ち方をした美智子様。米軍とがパンパンがたむろする町に入りびたりパンパン同然の美智子様

耳には幼少時から円形のピアスをしている画像が山ほど残る美智子様

あの当時、耳に穴が開いているのは中国系ならありえたそうな、どこの国の人なのか美智子様

母親の富美は「大陸夫人」とよばれた女。それは日本語が流ちょうな朝鮮女性という意味だそうな美智子様

マナー違反を繰り返し国内外の王族がたから顰蹙を買いつづける美智子様

下賤育ちの美智子に皇室が順応するべきといいたいのかしら、美智子様

「ご病気で御やつれになった可哀想な皇太子妃」

⇒本当は別人にすり替わっただけ

 

雅子

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「何度も断ったのに皇太子たっての願いで無理やり皇太子妃になったものの」

学習院に入れようとしたらしいですね。失敗したみたいですが。

成人したあとは、皇太子妃内定より数年前にコルマール徳仁と同宿した雅子さま

何しに行ったの?

 

美智子のマネをし続けた雅子たち

「古い皇室に順応できない、近代的な可愛そうな皇太子妃」

の印象操作を大々的に行い国民の同情を得て、大衆の同情と世論を背景にして、皇室批判へ向けさせ、皇室破壊と私物化を阻止できなくしたこと、など、結局、東宮夫妻も、小和田家も美智子のマネをしつづけてきました。

もちろん、雅子は想像を絶する莫迦なのでうまくいってませんが。

 

スイスで軟禁されているという噂の小和田恒は、美智子のマネをしただけなのではないのでしょうか。

 続きます。

トーブ、キター

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