でれでれ草 DereDre Gusa

でれでれなるまゝに、 日ぐらしPCに向かひて、 心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書き付くれば、 あやしうこそ物狂ほしけれ。 ああ@でれでれ

全員別人!すり替わった影武者!

f:id:e-vis:20161129210424g:plain f:id:e-vis:20160329020153g:plain f:id:e-vis:20161205203522g:plain

f:id:e-vis:20170521122058p:plain

Sponsored Link

【転載】天皇夫妻がハノイへ立ち寄った理由

f:id:e-vis:20160827061600g:plain

◆拙ブログ内の画像や文(他サイトさんからの転載以外)はフリーです。ご挨拶も、お断りも御無用です。拡散希望です。

 ◆人気ブログランキングに参加しています

 

 

本日もお越しいただきありがとうございます。

先日の、天皇夫妻のベトナム、フィリピン、タイ訪問の真相をついた、ミス・メイプルの度迫力のレポートは圧巻でしたね。

【M女史告発;天皇家の脱税疑惑①】小和田スイス軟禁は、今上陛下と堤美智子の相続税対策、無限拡散 - 伏見顕正(あきまさ)の「時を斬るブログ」

f:id:e-vis:20170323194840j:plain

拙ブログも転載させていただきましたが、この場をかりて御礼申し上げます。

今後のご活躍を楽しみにしております。

正田富美や堤一派などの工作員たちの正田美智子入内の目的は、天皇家の財宝が目当てだったのかも。天皇夫妻が立ち寄ったハノイにも何かあったようです。

Sponsored Link

 

伏見氏のブログより転載させていただきます。

f:id:e-vis:20170319232248g:plain

http://blog.goo.ne.jp/duque21/e/8e9a1711e659fe611159a1186e222c96

私は、昨晩遅く記事をアップして、ベッドに入ったが「悶々」としてよく眠れなかった。

大変、貴重な情報を頂いたが、記事にするのを禁じられた情報も多く、「ハノイの件」の様にぼかされて教えてもらえなかった重要ポイントも多かった。

記事にした後、物凄い「消化不良感」に襲われたのである。

それで、期待はしていなかったが、お昼前に思い切ってこちらから電話してみることにした。以下はその電話のやり取りである。

私「伏見です」

元高官「おお!どうした(笑)」

私「おくつろぎの所、申し訳ありませんが、昨晩の件で追加の質問が有りまして・・・」

元高官「ああ、構わないよ。今日は家内も銀座に買い物に出てるところで、私も暇つぶしに読書をしているところだ。まあ時間的に余裕はあるが、答えられないことは答えないからね(笑)」

私「承知しております」

元高官「で、聞きたいことって何だい?」

私「昨晩、記事に書き忘れたのですが?「ハノイの「ブツ」の件、重要だと思うので書いてよろしいでしょうか?」

元高官「ああ、例の、「ハノイ政府専用機2機に「重いもの」を一杯に積み込んで帰国した」と言う箇所だね。別にそのままの表現なら構わないよ。でもそれ以上は現時点では答えられないね。」
私「御許可有難うございます。」

元高官「ところで「ハノイの真意」はわかったかね?」

私「申し訳ありません。皆目見当が付きません。」

元高官「そうか・・・君なら「解答」を見つけられると思ったのに。ちょっと買いかぶりすぎたかな?アハハ(笑)ところで君は「戦後」と言う時代区分についてどう思うかね?」

私「はい、昭和32年に経済企画庁エコノミストの後藤誉之助が経済白書で「もはや戦後ではない」と記載したので、「戦後」は終わったのではないですか?」

元高官「甘い、甘い、「木を見て森を見ず」はだめだよ。君が過去に書いてきた記事をつなげてみると、自ずと「大きな絵」がかけるじゃないか?」

私「そう言いますと?」

元高官「わかりが悪いようだから、最初から丁寧に説明しよう。1945年8月15日以降、GHQの7年間の占領統治と当時の長期政権の吉田茂総理が全てを決めたんだ。

連中はドイツ系ユダヤ人が作成し、ヒトラーによって無効化された「ワイマール憲法」をほぼ丸写し同然に置き換えて、やっつけ仕事で「日本国憲法」を作って押し付けたんだ。

しかも、国民に「自衛権」も与えず、事実上、「国防軍」である自衛隊を「継子扱い」して苛めている。

★特に注意すべきは「ポツダム宣言」の受け入れだ。広島、長崎に2発の原爆を落とされても、尚も日本は「受諾」しなかった。

何故か?大日本帝国の「譲れない線」の「国体の護持」の確約が取れなかったからだ。しかし、その後、永世中立国スイスで活動中のOSS(CIAの前身)のアレン・ダレスとスイス駐在日本武官との間で「国体護持の確約」が取れたので、お上(昭和天皇)と側近たちも安心してポツダム宣言を受諾して、海外の戦地の日本兵にも「停戦」を呼びかけたんだ。

しかし、日本側が理解した「国体の護持」とは「皇室制度の悠久なる護持」だったが、連合軍側特にアメリカ政府、トルーマン大統領の意向は違った。

彼らの真意は、単に「昭和天皇個人」を戦犯として「訴追」しない。その一点だった。

戦後の「日本占領」を想定するに当たって、国民が尊崇する昭和天皇を生かしたほうが、反乱や暴動も起きず、結果的に「占領コスト」が安く済むことがわかっていたからだ。

実際そうなったし、GHQの「日本占領」「日本改造」は順調に進んだ。この時点では、GHQも「皇室」を廃止しなくて良かったと思ったはずだ。

ところが、GHQの「天皇観」は有る事件を通じて180度変わることになる。

(以上)

 

私「昨晩、記事に書き忘れたのですが?「ハノイの「ブツ」の件、重要だと思うので書いてよろしいでしょうか?」

元高官「ああ、例の、「ハノイ政府専用機2機に「重いもの」を一杯に積み込んで帰国した」と言う箇所だね。別にそのままの表現なら構わないよ。でもそれ以上は現時点では答えられないね。」

f:id:e-vis:20170323195637j:plain

「重いもの」といえば、金塊しか考えられないのですが、、、

天皇名義で戦時中の資金を隠してたのかしら。

でも、それ、国家財産ですから。

 

美智子入内を強行した吉田茂

あまりに無能ゆえに、中国大陸をたらいまわしにされてた吉田茂

実は英国英語もアメリカ英語も堪能でなかった吉田茂

生母が不詳の吉田茂

カトリック吉田茂

ヨハンソンというコードネームを持つCIA工作員だった吉田茂

f:id:e-vis:20170323200101j:plain

伏見氏のコメ欄で鋭いご指摘がありましたね。

吉田は上海領事であったこともあり、そのとき上海夫人といわれていた美貌の正田富美と会ってた可能性がありますね。

f:id:e-vis:20170323200122j:plain

戦前から戦中から戦後から、ずっと一貫してアメリカのスパイをしていた吉田。

大陸にいたころからのアメリカの工作員であった可能性が高い正田富美。正田富美の子供たちの身の振りかたをみるに、正田富美とキッシンジャーと接点があったのではと、ダヤンさんがご指摘されてました。

正田富美の若いころの写真が出てこないんですね。

正田富美は上海や満州で活動していた高級娼婦や女優や歌手だった可能性が高くないでしょうか。そのころは金髪に染めていた可能性もあるかも。

 

GHQの日本の皇室に最低の女を入れて内部から崩壊させるという作戦は、ある時期まではうまくいきましたが、複数の正田美智子たちが産んだ長男たちに、まともな知能を持つものが一人もいないというところ、その子孫の愛子さんも発達障害だったことをみるに、日本の神が皇室を守っているのがわかります。

生前退位は往々にしてすすまず、女性宮家をねじ込もうとしている民進野党は次の選挙で殲滅する可能性大。

そして、バーゼルで皇室財産を横領しようとして失敗し拘束された小和田。

 

※皇室掲示板より

無題 Name 名無し 17/03/20(月)12:55 id:ViZmpGmU No.1939935
3.11慰霊式典に出席したのは秋篠宮夫妻だった。
秋篠宮夫妻の出席を決めたのは政府だったようです。
新潮に「閣議で決まった」と書いてありました。
政府による東宮の明確な否定ですね。

(以上)

 

ナルちゃんと握手するサウジアラビアの国王。めっちゃ嫌そう。

f:id:e-vis:20170323235249j:plain

どの徳仁かは知らないけど「徳仁」も小和田と一緒にスイスで軟禁されている可能性はあるかも。どうも、今の徳仁たち、本物扱いされている気配がないんですね。

数多くの朝敵を滅ぼしてきた神威に期待したいです。

 

気持ちよさげ

https://img.gifmagazine.net/gifmagazine/images/678578/original.gif?1449125720